小学1年生の終わり頃〜小学2年生丸々、約1年と少し、足の病気で入院していました。

「ペルテス病」

と言う股関節の病気。





少し前にたまたま色々ネットを見てて、元D-SHADEのドラムのYUJIさんが幼稚園の頃に同じ病気やったみたいで、今ペルテス病の支援する団体を作って活動されてる情報を見つけて、

なんかめっちゃ親近感湧いて嬉しくてテンションあがった!、、病気やのにテンション上がるとか不謹慎かもしれんけど、特殊な病気やと思うし同じ人が居るって思ったらなんか嬉しくなりました、すみません。笑


IMG_4235

IMG_4234


D-SHADEとは、、

中学生の頃、ヴィジュアル系のバンドブームで、GLAYやらLUNA SEAやらSIAM SHADEやら色んなバンドを聴いてて、D-SHADEもその頃深夜にやってた「Break Out」って番組で人気になってメジャーデビュー、Mステにも出たりしてたし、自分もCDを買ってめっちゃ聞いてたバンド。

当時からバンドを見る時はドラムに目が行ってたので、YUJIさんのドラムもめっちゃ見て聞いてた。笑

結構細かいフレーズを入れたりしててかっこよく、ドラムセットはツーバスやけど当時良くいたタムやらシンバルが多めのセッティングではなく、シンプルやけどしっかり華やかさのある綺麗なセッティングをされてて、かっこいいぃぃ!!!、と思っていました。笑


IMG_4300
IMG_4298

当時の雑誌、GIGSに載ってたD-SHADEの機材。





そもそも「ペルテス病」とは、、

子どもの股関節の大腿骨の頭の部分への血行が何らかの原因で途絶され、骨の壊死(骨の細胞が死んでしまう)がおこり、骨の強度が極端に弱くなり、放置しておくとつぶれて骨に変形が生じてしまう病気。
2〜10 歳(特に好発年齢は 4〜7 歳)の男の子(女児の約 5 倍の発生率)に多い病気です。発生頻度はアメリカの報告では男子 750 人に 1 人、女子 4000 人に 1 人といわれていますが、日本での報告ではもう少し頻度は少ないようです。一般的には身長が低く、活発な元気な男の子に多いとされています。




"身長が低く、活発な元気な男の子"

身長も低くかったし、走り回ったり家の廊下の壁を足で登ったり、まあ活発やったと思うし病気になる例に当てはまる子やったなーと。。笑



病気が分かったのは確か、小学1年の秋ぐらい。自分では気づかんかったけど歩き方がおかしいと両親が気付き、病院へ行くと右足の股関節が悪いのが分かった。

自分的に違和感や痛みがあったかは正直覚えてないけど、なんとなくおかしいなーって感覚はあった気もするけど、言ってなかったんかも。。

そこから検査して、病気が分かり、ペルテス病の治療をしている病院に入院が決まった。

IMG_6042
IMG_6044

当時貰ってた病気の説明の紙面。

入院した病院は、養護学校が隣接されている病院、基本的に月曜から土曜までは入院しながら養護学校に通う形。その間は両親とは面会もなし。

土曜日の午前中は学校で、昼に両親が迎えにきて家に帰宅。家族と過ごし、日曜の夜にまた病院に戻ってくるサイクル。



入院初日の事は今でも鮮明にめっちゃ覚えてて、

手続きやらなんやらして、両親と病院内を案内され色々病院の人と話したりして、一通り落ち着いてからしばらくして両親が病院の方と話があるし行き、俺は別の所へ連れて行かれ入院してる他の子供たちと遊んでた。

しばらくして両親と看護師さんが来て、「お父さんお母さん帰らはるしね〜」ってあっさりした感じで言われて、
両親も笑顔で手を振っててそのまま部屋の扉も閉められて帰っていき、取り残された感覚になり俺大泣き。笑 

冷酷な病院に恐怖を感じまくりのスタートやった。笑

両親もこの時の事は辛かったと言っていた。でもこれぐらいの勢いで両親が帰るきっかけを作らんと、寂しくてもっと帰りにくくなったやろうし、仕方なかったんやと思う。笑





「ペルテス病」の治療は、、

※ペルテス病の治療に関して、、30年前ぐらいで、当時僕が経験した治療です。色んな治療の仕方があると思うので、すべてがこの方法ではないと思いますので、予めご了承ください。

入院した日から1ヶ月ぐらいは基本ベッドに寝た状態で、足に数キロのオモリを付け、重りは下に垂らされてて足を引っ張られてる状態。ずっとではなく寝る時とかは外してたけど。



その後、開脚した状態になる装具を足に付けて車椅子の生活。

("開脚した状態になる装具" って文章にしたらなんのこっちゃ分からん感じやな。笑)

IMG_6039
IMG_6038

当時の写真。半年以上この生活やった気がする。オモリをつけてる時と同じく寝る時とかお風呂の時は装具は外してたけど。

IMG_6043



その後、開脚状態で歩ける装具に変わる。

("開脚状態で歩ける装具" って、これもなんのこっちゃ分からんと思うけど。笑)

IMG_6037
IMG_6041

当時の写真。この開脚の状態で良く歩けてたなーと思う。笑



入院中は定期的に検診や関節造影検査(アルトログラフィー)で股関節の状態を診て、良くなってきてる事を確認し、装具が変わっていってたと思う。

確か関節造影検査は麻酔で眠ってる間に検査してたんですが、初めての時は怖すぎて泣きまくって暴れた記憶がある。笑



そして数ヵ月後には、この開脚の装具もなしになり、杖のみで歩行出来るようになって、それから1〜2ヶ月で退院やったと思う。

ほぼ1年ぐらいは立ったり歩いたりしていなかったので、装具が取れて歩行可能になった時はもうめっちゃ感動やった。笑

開脚状態で過ごしてたから足の感覚も変で、立った時の地面が凄い丸く感じて、「うわ!床が丸い!地球は丸いし、そーゆうことか!」みたいな、まったく意味の分からん事を思った記憶がある。笑



退院したのが小学2年の3月で、4月からは地元の小学校に戻り通常の学校生活を送っていました。

退院後は月1度、数ヶ月に1度とか定期的に通院をして股関節の状況確認、その後小学校の間は半年に1度とか1年に1度とか通院してたけど、中学生ぐらいには通院もしなくなってて、今はもう治ってる(と思う。笑)。

でも一時期、たまーーーーに足が痛み、違和感があることがありました。けど、そーゆうものらしい(笑)。

特に覚えているのは20歳前後、股関節に痛みのような違和感がたまにあって、なんか左右足の長さが違う!?、みたいな(意味分からんと思いますが)そーゆう感覚になっていたのをなんとなく覚えている。笑

実際、ドラムの影響大きい気がして、当時は足のキックの音を大きく出したい気持ちから、無理に力強く変な踏み方をしていた記憶もあるし、単純にその影響で足にかなり負担をかけてただけかもしれないので、ペルテス病に直接関係はないような気もしますが、股関節にあまり無理はさせない方がいいのかなーと思ったりします。優しくソフトにお大事に。笑

違和感もしばらくしたら感じる機会も減っていき、そのうちなくなり、ここ十数年は特に大きな違和感もなく過ごせていると思います。





入院中の事、、

入院した病院には同じ病気の子も数人居たり、交通事故で右半身が動きづらく喋るのもゆっくりになった子、生まれつき障害がある子とか、ほんまに色んな子供が居た。

月曜から土曜日まで家族と離れた入院生活で寂しさもあるし、車いす生活やし不自由があったりもするし、看護師さんとかも結構厳しくて怒られたりもしたけど、子供やったし日々それなりにみんなで仲良くして楽しく過ごしてたと思う。

でもそんな病院の中でもグループがあったり派閥が生まれたり、縦社会みたいなんが出来たり、ちょっとしたいじめ的な事があったり(無視とかからかわれたりとか小さい事ですが。笑)、病院内の子供の集まりやけど、その中で色々陰湿な事もあり、

なんかちょっとした "社会" を学んだ気がする。笑

まあいじめ的なんもずっと続くわけじゃなく数日経てばもう普通に喋ってたり、縦社会的なんも途中から入って来て少しの期間入院してた年上の人が急に色々仕切り出して、それに舎弟みたいな感じでペコペコする子が出てきたり、、、

とか、今考えたらしょーもない小さなもんやけど。。笑





、、





、、、





なんか色々思い出してめっちゃ病気の事を長々書いてるけど(笑)、ふと、病気や入院が人生で結構大きい出来事で凄い経験やったなーと。

YUJIさんも、幼稚園の頃やったけど治療中の事はめっちゃ覚えてるとの事で、この経験をきっかけに動いて団体を作って支援活動をされてて凄いなーと。

元気に走りまわったり遊んだりしたい時期に全然出来ひんし病気の本人も辛いけど、支えるご家族や周りの人も大変で辛いと思う。俺の両親もそうやったと思う。。

入院とか病気の経験って良いものではないけど、病気が治って普通に生活出来てる今、そんな経験もこれからの誰かの何かプラスになるなら悪くないし、せっかくなら自分も何か出来る事あればやっていきたいなーと思った。

まあこんな奴、何が出来るねんって感じやけど。。








はい。








なんか長々とすみませんでした!!








終わり。